大阪に在る教会-教会の歴史1-





教会を駄目にする三つの項目

 敵サタンは、教会を駄目にするために、三つの主要な項目を使ってきました。それは、ユダヤ宗教、ギリシャ哲学、人の組織です。これらは、教会を分裂させ、荒廃させ、堕落させる主要な源です。これらの項目が教会に侵入したために、教会の忠実な、生きている肢体のある者たちは、教会を防衛し、教会をユダヤ教、ギリシャ哲学、人の組織から遠ざける負担を担いました。これらの防衛者たちは、主を愛した献身的なクリスチャンでした。しかし彼らは、団体のからだ、新しい人、王国、家庭、神の住まい、花嫁、戦士としての教会を獲得する、という神の目標について、あまりはっきりしていませんでした。こうして、彼らの意図は良かったのですが、教会を防衛することで、彼らは大きな間違いをしました。教会を防衛しようとするその意図で、彼らのある者は、かえって教会にますます多くの損害を及ぼしました。


教会の中に持ち込まれた聖職者階級制度

 わたしたちはこの一例を、第二世紀の、その名をイグナチウス(Ignatius)という教会の強力な指導者、防衛者について、見ることができます。イグナチウスは、監督、あるいはビショップ(司教)が長老よりも高いと、誤って教えました。しかしながら、使徒行伝第二十章で、パウロはエペソにある教会の長老たちを、ビショップ、あるいは監督と呼びました(17、28)。「エピスコポス」(episkopos)というギリシャ語は、監督、あるいはビショップと訳することができます。「エピ」(Epi)は上を、「スコポス」(skopos)は見る者を意味します。「長老」という言葉は、円熟した人を示しますが、ビショップ、監督は、長老の責任と機能を示します。長老の責任と機能は、教会を監督することです。監督は長老よりも高い、というイグナチウスの誤った教えから、長老は地方教会のためであり、ビショップはある区域の諸教会のためである、という間違った観念が生じました。これが、教会政治の司教体系に通じました。この間違った教えはまた、今日のローマ・カトリック教会における司教、大司教、枢機卿(すうききょう)、法王という、聖職者階級制度の源となりました。イグナチウスがそのような大きい失敗を犯し得たのは、からだ、ひとりの新しい人について、はっきりしていなかったからです。彼の間違った教えは、教会の内部に階級の基礎を与え、聖職者階級制度を教会に持ち込むに至りました。


キリストと神聖な三一に関する真理の防衛

 教会の初期に幾人かの大教師たちが立ち上がって、キリストは神と人の両方である、という真理を防衛しました。これは、ギリシャ哲学が教会の中に入り込んだためでした。この哲学がクリスチャンの教えと混ざり合った時、それは、すべての物質は本質的に悪である、と教えたグノーシス主義として、知られるようになりました。グノーシス主義の教えを保持する人たちは、キリストが人の肉の汚れを持つことができたとは、信じられませんでした。ですから、彼らはキリストの受肉、贖い、復活を否定しました。これがゆえに使徒ヨハネは、イエス・キリストが肉体の中でこられたことを告白しないいかなる霊も神からではない、と書いたのです(Tヨハネ4:2−3)。
 真理の防衛者たちは、キリストのパースンに関する異なる意見を一掃しようと企てました。これが、キリスト論となりました。それは、キリストはどなたであるかの研究、キリストのパースンについての研究です。アリウス(Arius)は、キリストは被造物であって創造主ではない、と言った異端の教師でした。A・D・325年にニケアで召集された会議は、アリアン主義は異端であると宣言して、それを退げました。ニケア信条は、神は三一(さんいち)であること、神たるかたには三つのパースン−御父、御子、聖霊があることを強調します。しかしながら、多くの人は、無意識に、また潜在意識的に、三つの分離した神があると信じます。彼らは、神が三一であり、しかも神学的研究や討論のためではなく、ご自身を、彼の選び、贖われた民の中へと分与し込むためであることを、理解していません。


キリスト教の分裂

 わたしたちが見てきましたように、真理の防衛に基づいて、さまざまな意見が、いわゆるクリスチャンの間に持ち込まれました。次にこれらの意見は、大きな分裂を作り出しました。最終的に、西側のキリスト教はローマ・カトリック教会となり、東側のキリスト教はギリシャ正教会となりました。キリスト教のこれら二つの大きな分派のほかに、ペルシャにネストリアン派がありました。これらは、第六世紀までのいわゆるキリスト教の三大分派でした。これらの三大分派のほかにも、多くのフリーグループ(自由団体)がありました。多くのフリーグループは、一般の教会から分離していたので、ある人は一般の教会をカトリック教会と命名しました。「カトリック」とは、宇宙的に一であることを意味します。小さなフリーグループは、幾人かのクリスチャンが、いわゆる一般の教会が世俗的になったのを見たために、形成されました。彼らは一般の教会にとどまろうと企てましたが、結局、それが救いようもないことを見ました。ですから、彼らは自分たちだけで集会し始めたのです。このことが、教会歴史を通じて何度も何度も起こりました。繰り返し繰り返し、フリーグループが形成されました。しかしながら、これらすべてのグループについての問題は、彼らが神の団体的な目標を見ていなかった、ということでした。




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